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McLaren MP4/7 〜1994/05Special】

5/1に向けたスペシャル企画、MP4/7です。画像を見ていただければ分かると思いますが、たたのMP4/7ではなく、あの忌まわしきサンマリノの事故後、東京青山のHONDA本社に展示されたマシンの様子です。当時はデジカメなんてまだ普及していなかった(デジカメ普及の先駆となった、初代CASIO QV10のリリースは95年だったはず)ため、当時の35mmフィルムコンパクトカメラで撮影した画像をここで紹介しているようにフィルムスキャンしたものです。このサイズでは分かりにくいかと思いますが、日付(1994.05.06)が入ってたりしますしね(^_^;) かなり古いネガからのスキャンなので、結構原版の画像も汚いんですが、5/1に向けて・・・
Pray for you,Ayrton・・・


あ、例によって大きな写真にはリンクしていませんので、もし原盤?が欲しい方は‘み’までメールしてくださいね。


写真を見ていただいて分かるように、マシンの展示台(確かゆっくり回っていたような)は献花台になっていまして、マシンの詳細はほとんど分かりませんね。ただ、逆にそれがセナを偲ぶ人たちの想いを体現しているようで・・・ ブラジル国旗やレーシングスーツ・ヘルメット(何故かロータス時代のもの)、鈴鹿の優勝トロフィーや本田宗一郎とのツーショット写真など・・・これらが雰囲気を盛り上げていたような気がします。確か記名帳も用意されていて、‘み’もしっかり記名してきたんですが、後になってHONDAからお礼状&ポストカードが届いたような気がします。あれは今どこに・・・(^_^;)
あと、スキャンした写真を整理していて気がついたんですが、‘み’は5/5にもここを訪れていたようで、その時は下の写真のような花束の山状態だったようですから、日本のセナ人気ってば相当のものだったと改めて気づかされましたねぇ

5/5はこんな状態で、マシンはリアウィングしか確認できませんでした(^_^;)


さて、MP4/7(MP4/7Aとか表記されることもありますね)といえば、HONDAのF1活動第2期のラストイヤー、1992年のマシン。セナ&HONDAが最後にチャンピオンナンバーをつけたマシンです。92年はタイトルこそ最強マシンWilliams FW14Bを駆るマンセルに奪われましたが、モナコでのマンセルとの大バトルは忘れようもありませんね。もっとも、このMP4/7も(確か)第3戦のブラジルでのデビュー時(90年頃までは開幕の遠征シリーズは前年マシンの改良型、ヨーロッパラウンド辺りから新車投入ってパターンが多かったんですよね)には満足に走らず、セナがベネトンの新鋭ミハエルに追い回されてリタイアし、ミハエルに「トリプルクラウンの走りではない」などと毒づかれたマシンですから、性能的は今一歩だったのかもしれません。まあ、92年はFW14Bの年でしたけどね。
年代的にはちょうどハイテクデバイス全盛の頃で、MP4/7にもセミオートマやフライバイワイヤなんてデバイスが搭載されていたように思います。エンジンも今でこそ2.4L-V8で2戦走るようなレギュレーションになっていますが、当時は3.5L-V12(下位チームはV8が多く、この先はバランス方のV10全盛になるんですが・・・)を積んでいましたねぇ  でも、この頃から「マシンはトータルバランス、パワーだけでは勝てない」なんて言われ始めた様な気もしますから、このマシンが大きな転換点だったのかもしれません。

と言うわけで昔懐かしいMP4/7でした。 このとき以外、あまり見かけませんが、今この実車はどこにいるんでしょうね〜  (2006.05.01記載)