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【1/43 ギャラリー

このページもVAIOとは全く無関係です。F1関連と言うことなんですが、ココでは主に1/43のF1メタルモデルを紹介していきたいと思います。勿論全て自作です。自分ではプロ並み
何じゃないかと思って(勘違いして!?)いる‘み’ですが、まあ、見てやってくださいm(_ _)m
*このページは1024X768に合わせて作成してあります。


1996年のフェラーリ「F310」です。当然ながらシューマッハー仕様ですね。この年のフェラーリは、前年(&前々年)にベネトンでチャンピオンを取ったシューマッハが移籍してきたんですが、まあ、当時のフェラーリは惨憺たる状態で(^^;) それでもシューはこの年3勝したんですよね。流石ですねえ。あ、ちなみにチームメイトはアーバインでしたっけ? 印象が薄いなあ、フェラーリのNo.2って。 
そうそう、この車は‘前期型’なんですが分かりますか? ‘後期型’はノーズだけ無理矢理上に向けたハイノーズ仕様なんですよね。私はこのローノーズの方が好きですけどね。『速い車はカッコイイ』って言いますけど、コレはどうだったんでしょうねえ(^^;)    (2001.12.6 記載)

Benetton B190  1990年モナコGP
ドライバーは世界中にいる愛人のもとへクルーザーで旅する男、ネルソン・ピケ仕様です。キットはタメオです。さすがにベネトンはいつの時代もハデハデです。

こちらは
『大魔神さん』から投稿していただいた写真です。上のコメントも合わせて頂戴したモノです。
90年のベネトンと言えばやっぱりハイライトは鈴鹿でしょうか。ランバダブラザーズ(懐かしい・・・)のワンツーフィニッシュがありましたねえ。まあ、確かこの時は例のセナプロ1コーナークラッシュでタイトルが決まって、当時の2強だったフェラーリとマクラーレンが全部消えた結果のタナボタだったような気もしますが(^^;) 日本人初表彰台もタナボタで・・・(^^;)  ベネトンは今年限りでなくなっちゃうんですよね。来年からはRenaultですからね。となると、車体の色は黄色ベースになるんでしょうか?MILD SEVENはどうなるのかなあ・・・   (2001.12.14 記載)

McLaren MP4/4  1988年日本GP
ドライバーはご存知音速の貴公子アイルトン・セナ仕様でございます。キットはタメオのワールドチャンピオンシリーズの記念すべき第一作です。(あれ以来ワールドチャンピオンシリーズはどうなつているのでしょうか?)ゴール後のセナの無邪気な喜びようはいまでも忘れられません。

大魔神さん』投稿シリーズ第二弾です。コレも思い出深いマシンですねえ。やはり88年も鈴鹿でしょう。大魔神さんも書かれていますが、鈴鹿はドラマティックでしたよねえ。スタートでエンストした(ロータスの中嶋も仲良くエンスト)セナがプロストもぶち抜いて優勝したんですからね。
そうそう、この年のマクラーレンは16戦15勝を記録したんですが、鈴鹿では1Lapだけレイトンハウスのイワン・カペリがラップリーダーになってるんですよね。シケインの立ち上がりでちょっともたついたプロストのマクラーレンを一瞬だけノンターボのレイトンが抜いたんですよね、ちょうどホームストレートで。もちろん1コーナーまでに抜き返されましたが(^^;)  ちなみ‘み’もこのキット持ってます。もちろん『持って』いるということは積んであるということですね。ワールドチャンピオンシリーズってこの後もいくつかありましたよね、確かフルディテールキットとかになってませんでしたっけ・・・  (2001.12.17 記載)

McLaren MP4/6 1991年アメリカGP
ドライバーは同じくアイルトン・セナです。キットはこれもタメオです。この時はセナはぶっちぎりで、かえって同じウイリアムズのマンセルとパトレーゼのバトルのほうがおもしろかったですね。 某アナ「おおっと!2番バッターの反乱だあ!!」(笑)

『大魔神さん』投稿シリーズ第三弾です。この年のセナは開幕4連勝したんですよね。あっさり決まるかと思ったらもつれましたねえ。結局鈴鹿でマンセルが1コーナーに消えるまでチャンピオン決まりませんでしたからね。そういえばその時鈴鹿でゲベ(ベルガー)ちゃんってば最終コーナーでセナに優勝譲ってもらったんでしたっけ。結構話題になりましたよね〜 このマシンは‘み’も1/20で欲しくて、当時TAMIYAの「MP4/5B」と同じく「MP4/7」をニコイチしてスクラッチしたんですよね、懐かしいなあ(^o^)  (2001.12.21 記載)

1997年のウィリアムズ「FW17」です。‘み’がファンのジャック・ビルヌーブ様用。確かブラジルGP仕様だったと思います。この年は最終戦のへレスでシューとぶつかってチャンピオンが決まったんですよね。鈴鹿ではビルヌーブがフリー走行の黄旗無視で失格(今思えば異常に厳しいような気がしますねえ・・・)、へレスではシューが故意接触と見なされてドライバーズポイント剥奪・・・ 後味のよろしくないシーズンでしたねぇ。まあ、ジャック様には来シーズンこそがんばってもらいたいモノです。BARだとちょっとなあ(^^;) あ、ちなみにバックはジャック様の出身地、ケベック州(カナダ)の州旗ですね。 ・・・あ〜、この翌年の赤いウィリアムズは酷かったなあ・・・   (2001.12.25 記載)

Tyrrell 019 1990年 カナダGP
ドライバーは日本人初のF1ドライバー中嶋悟です。ティレルにとってというよりこの年の中嶋のベストレースはイタリア、モンツァのレースでしょう。高速サーキットのモンツァで非力な年式落ちのコスワースDFRで(しかもピレリタイヤ!!)6位入賞は立派です。1989年に雨のアデレードで日本人初のファーステットラップを記録した事がありますが、その時を上回る彼にとってF1におけるベストレースと言っても過言はありません。

『大魔神さん』投稿シリーズ第四弾です。アンヘドラル・コルセア・ガルなんて色々な呼び名の付いたフロントウィングが特徴的ですね。この年一年限りでしたがボディカラーのブルーも綺麗でしたねえ。中嶋はこの翌年に引退してますが、チームメイトは当時の新鋭ジャン・アレジでしたよね。彼の走りが中嶋の引退を早めたらしいですが、そのアレジも2001年で引退してDTMですからね。うーん、十年一昔とはよく言ったモンですねぇ (^^;)     (2001.12.28 記載)

1997年のマクラーレン「MP4/12」です。F1のお部屋のTOPからお引っ越しさせました。それまで赤白のマルボロカラーだったマクラーレンが初めてWESTカラーになった記念すべきマシンです。初めてこのカラーリングを見たときは『カッコイー』とマジで思っちゃいました。そうそう、このカラーリングですが、実は『火のついた煙草』がモチーフらしいです。特にノーズ周りなんかを見ると『なるほど〜』とかうなっちゃいますよねえ。
ハッキネンは97年の最終戦に、このマシンで初優勝したんですよね。で、翌年はもうチャンプ。で、『休養』ですからねえ。あ、なんか話が上と同じ流れに・・・ 最後にちょっと加筆しておきますが、クルサードはあまり好みではないのでハッキネン仕様で作成しています。キット付属のデカールはグラデーション処理が今3歩くらいだったので、それをベースにエアブラシでササッと・・・ すいません何度も吹き直ししました〜(^^;) グラデーションは難しいですねえ・・・  (2002.01.06 記載)

なんとレアなマシン(^^;) 1991年のモデナ・ランボ「Lambo001」です。キットは確かモデルガレージロムのレジンキャスト製。綺麗なメタリックブルーが特徴のマシンですが、ちょっと色が濃かったかなあ・・・ まあ、この手の車は資料も少ないし、見るたびに光線の具合とかで色違いますしねえ(^^;) この当時はまだ沢山のチームがエントリーしていて、予備予選とかあったんですよねえ。AGSとか、コローニとか、フォンドメタルとか、ライフ(90年まででしたね)とか・・・ もちろんこのマシンもランボルギーニV12エンジンを積みながら予備予選の常連で、延べ32出走中予備予選落ち13、予選落ち12、完走4と言う有様。ハイライトは初陣のアメリカGP、ニコラ・ラリーニの7位完走ですね。まあ、惨憺たる成績なんですが、このカラーリングはもとより、サイドポンツーンなど、特徴ありますよねぇ。模型映えする一台です。当時の車は結構特徴あったんですよね、チーム毎に。今はみんな同じに見えるしなあ(^^;)  (2002.01.10 記載) 

1997年のフェラーリ「F310B」です。なんとこの年からフェラーリレッドが蛍光オレンジ(?)に・・・ 見慣れるとまあ、悪くないんですがねぇ。そうそう、いつも写真のバックが単調なので、ちょっと趣向を凝らして見ました。何を使ったかは忘れましたが、F310Bの載った模型紙(多分モデルグラフィックス)と、NIKEのシューマッハモデルのスニーカーだったと思います。この車ってば、最終戦のへレスでジャック様のFW17にタックルしたんですよねぇ・・・ まあ、結果的にジャック様は難を逃れて(マクラーレン2台に順位を譲ったんです。ちななみハッキネンはこの時が初優勝です)3位フィニッシュでチャンプ決定。シューはそのままリタイアしたモノの、故意接触と見なされて当年のドライバーズポイント全剥奪になったんですよね・・・ 後味の悪いレースでした・・・  (2002.01.20 記載)

1997年のジョーダン「197」です。前年のコキタナイ黄土色の「196」は色といい、速さといい最悪でしたが、イエロースネークとなって性能も向上したようですね。
ちなみに Car No.11 シュー弟仕様です。フォーミュランッポン初代チャンプ(服部尚貴の自爆)のラルフはこの年がデビューイヤーで、ミナルディから移籍してきた2年目のフィジケラがチームメイトでした。火花を散らしていましたねぇ。第3戦のアルゼンチンでは同士討ちの末ラルフが3位初表彰台GETでしたし(^^;) この二人は今でも仲が悪いんでしょうかねぇ。
この後、2001年にラルフは初優勝を含む3勝を挙げ、2002年にはいよいよチャンピオン候補(!?)に。対するフィジコは走らないベネトンで四苦八苦。終盤戦でこそ上向いたモノの、未だ未勝利。2002年には古巣ジョーダンに復帰して佐藤琢磨のチームメイトに。が、なにやらジョーダンは資金的に不安らしいですよね。さて、どんなレースを見せてくれるんでしょうか。メルボルンが楽しみですねえ〜  (2002.01.31 記載)   

1991年のマクラーレン「MP4/6」です。ん、上にも『大魔神さん』投稿シリーズがありますが、コレは‘み’の手作りです。実は、1/43じゃ無いんですよ。上にも書いていますが、TAMIYAのMP4/5B」と同じく「MP4/7」をニコイチしてスクラッチした1/20モノです。セナが母国初優勝したブラジルGP仕様です。リアウィングもMP4/5Bに近い(って言うか流用・・・)大きなタイプですし、ウィンドシールドも赤い(透明でない)タイプです。記憶によると、コックピット辺りを境にフロント部はP4/5B、リア部はMP4/7のキットを中心に「切った盛った貼った・・・」を繰り返して形を出したような気がします。今思えばコックピット前のマルボロレッド部分のボディラインがちょっと違ったりするんですが、きっとこの写真一枚では分からないので良しとしましょう(^^;)   (2002.03.08 記載)